国土強靱化実施中期計画とスフィア基準

衆議院 調査局 国土交通調査室長 國廣 勇人

著者プロフィール

國廣 勇人(くにひろ はやと)

1988年に衆議院に入り、災害対策特別・東日本大震災復興特別調査室次席調査員、議事部請願課長、委員部副部長、決算行政監視調査室首席調査員、国土交通調査室首席調査員を経て、2024年1月衆議院常任委員会専門員・国土交通調査室長となる。著書に、「EBPMの現状と課題―国会はEBPMにどう向き合っていくべきか―」(2022年)、「災害伝承を取り入れた学校現場での防災教育」(2024年)(いずれもRESEARCH BUREAU 論究 衆議院調査局発行)がある。2025年より衆議院論究企画編集会議座長。防災士、気象予報士。

先般、令和7年6月6日(金)に、政府が、防災立国推進閣僚会議を開催し、防災庁の基本的な方向性を示したことを記述した。そこで、防災庁が推進すべき主な取組のうち、私見として、特筆すべき事項を3点、紹介した。

モレ・ムラのない被災者支援の実現

その第1番目に、「モレ・ムラのない被災者支援の実現」として、スフィア基準等を踏まえた備蓄強化など避難生活環境の抜本改善を挙げていることを挙げた。

実は、時を同じくして、政府は、第1次国土強靱化実施中期計画を取りまとめている。国土強靱化実施中期計画とは、「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱化基本法」に基づく法定の計画である。

これまで、政府が、3か年計画、5か年計画として策定していたものを、昨年、法改正を行い、法定の計画に格上げしたものである。

全体の規模額が20兆円など、と大きく報じられたが、実は、あまり報じられていない重要なことがある。スフィア基準への準拠である。抜本的な拡充策を示しているので、是非、私からお知らせしておきたいと思う。

スフィア基準とは?

スフィア基準とは

まず、スフィア基準とは何であろうか。これは、災害や紛争の被災者が尊厳ある生活を営むための人道支援活動における最低基準のことである。正式な名称は「人道憲章と人道対応に関する最低基準」である。「スフィア(sphere)」とは、「球体」のことであり、地球のどこでも該当すべき国際的な基準ということである。

被災者は劣悪な環境の避難所などで我慢を強いられるのではなく、尊厳ある生活を営み、支援を受ける権利があり、災害や紛争による苦痛を軽減するために、実行可能なあらゆる手段が尽くされなくてはならないとしている。

スフィア基準は、1994年のアフリカ・ルワンダでの民族間の争いにより多くの犠牲者が発生し、それを逃れるために多くの人が周辺諸国へ避難した。しかし、避難所環境が劣悪で、感染症により3万人弱の難民が命を落とした。こうしたことを契機として策定されたものである。

さて、本題に戻ろう。国土強靱化実施中期計画では、スフィア基準等を踏まえた避難所環境の抜本的改善、避難地や救援・救護活動等の拠点の整備・機能強化、国等によるプッシュ型支援物資の分散備蓄の強化を掲げた。

具体的には、避難所の生活環境改善対策とそのための備蓄として、スフィア基準を満たす避難所を設置するために必要となるトイレ、ベッド等の災害用物資・資機材の備蓄を行っている市区町村の割合を令和6年の0%から令和12年には100%にするとしている。

0%から100%

0%から100%であることに留意いただきたい。これは、令和6年12 月に改定した「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」(平成 25 年8月内閣府)等を踏まえたものである。この取組指針にはもう少し具体的に記載されている。

例えば、仮設トイレについては、発災後初期段階では 50 人に1基、中期段階では 20人に1基とし、女性用と男性用の割合が3:1となるように想定避難者数に応じて対応すること、入浴施設(シャワー、仮設風呂等)を 50 人に1つ設け、男女別に提供するようにすること、そして、以下を備蓄しておくことが望ましいとしている。

ア タオルケット、毛布、布団等の寝具

イ 洋服上下、子供服等の上着、シャツ、パンツ等の下着

ウ タオル、靴下、靴、サンダル、傘等の身の回り品

エ 石鹸、歯磨用品、ティッシュペーパー、トイレットペーパー等の日用品

オ 炊飯器、鍋、包丁、ガス用具等の調理道具

カ 茶碗、皿、箸等の食器

令和6年には、これを実現できている市区町村が0%であるところ、6年後には100%にするというのである。政府の強い意志が感じられるが、その実現可能性については、掛け声倒れに終わらないよう、我々もしっかり注視しておく必要があろう。